You'd Be So Nice To Come Home To
You'd be so nice to come home to |
You'd be so nice by the fire |
While the breeze on high sang a lullaby |
You'd be all that I could desire |
Under stars chilled by the winter |
Under an August moon burning above |
You'd be so nice, you'd be paradise |
To come home to and love |
1943年のミュージカル映画「Something to shout about」でコール・ポーターが作詞・作曲した曲ですが、例によって映画はパッとせず曲だけがヒットした典型のようです。『You'd be so nice to come home to』とは長いタイトルですが、これを日本語でも『ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ』と書いてあるCD・ジャケットがほとんどで、『帰ってくれたらうれしいわ』は少数派ではないでしょうか。多分、この日本語訳は誤訳であるという認識が定着してきたからではないかと思うのですが、これってちょっと面白いというか不思議な気がします。ジャズ歌手で大橋巨泉さんの娘である大橋美加さんがエッセイでこんなことを書いていらっしゃいます。「この歌に、当時≪帰ってくれたらうれしいわ≫という邦題をつけた私の父は、最近テレビや文章の中で、しきりにそれが若かった自分の誤訳で、正しい訳は『あなたの待つ家に帰っていけたら幸せ』という意味であると伝えている。・・・」(『唇にジャズ・ソング』-98年7月刊)
しかしさすがは大橋巨泉さんですね。誤訳でも何でもこの曲に関してはこのタイトルで日本中に定着させてしまったんですから。逆も真なりではないですが、これだけ有名になってしまうと内容と違っていてもあまり支障がないというか、この曲にはこれでしっくりしてしまうから不思議です。語呂もぴったりですし、私なんか長い間ずっと女性から男性へのメッセージだと思っていました。それにあのヘレン・メリルとクリフォード・ブラウンの名唱・名演からくるイメージもあってそれは揺るぎないものになって…(笑)。ですからいまだに頭に浮かぶのは『帰ってくれたらうれしいわ』の方なのです。
それにしてもあのジャケットのヘレン・メリルはいいですね。1954年12月にエマーシーから出た「ヘレン・メリル・ウイズ・クリフォード・ブラウン」というアルバムですが、マイクに向かって顔をゆがめてちょっと苦しそうな表情で歌っている。自分の世界に陶酔しているようにも見える。自分の中の思いを歌に同化させてそれを吐き出すという作業にすべてのエネルギーを使っているような、そんな表情にも見えます。もちろんブラウニーも素晴らしいトランペットのアドリブを聴かせてくれます。このアルバムがあまりにも有名になり過ぎてしまったせいか他の歌手をあまり聴く機会が少なかったのですが、ところがどっこい、ダイナ・ショア、ジュリー・ロンドン、ジョー・スタッフォード、アン・バートン、リタ・ライス、ニーナ・シモン、サラ・ボーンなど大勢の女性歌手が歌っていました。男性ではマット・デニス、メル・トーメ、フランク・シナトラ、チェット・ベイカーなどが歌っています。比較的新しいところではマンハッタン・トランスファーのシェリル・ベンティンも歌っています。インストではアート・ペッパー、リー・コニッツ、ジム・ホール、バルネ・ウィランなどの名演奏が知られています。
君の待つ家へ帰れたら、どんなに素敵だろう
暖炉のそばで一緒に過ごせたら
そよ風が奏でる子守歌を聞きながら君といられたら
それだけで僕は幸せだ
星も凍てつく冬の夜も
8月の燃えるような月の下でも
君の待つ家へ帰り、君を愛せるなら
僕にはまるで天国だ
と、何故かやたらに帰りたがっているのですが、1943年当時ということを思い起こせばちょうど第2次世界大戦の最中ということで納得。そりゃあ戦場に比べれば「Home」はずっとniceでしょうし愛する伴侶が待っているとなればそれこそ「Paradise」でしょうね。つまり戦場に赴いた戦士たちの心情が込められた歌、言うなれば戦争の落とし子的な歌としてヒットした曲だったのです。しかしそんな背景にはお構いなく歌だけが一人歩きしてすっかりスタンダードとなってしまいました。『I left my heart in San Francisco』のところでも書きましたが、家族や恋人を故郷に残して戦場へ向かう時の切ない気持ち。そんな気持ちに通じるものがこの曲にはあるような気がします。